「練習しなくても、楽しければ上達しなくていいのでは」という考え方があります。レッスン日に楽器を触るだけで満足な人もいれば、できるだけ早く上手くなりたい人もいる。どちらの気持ちも、間違っていません。
ただ、ひとつだけはっきりさせておきたい事実があります。『練習しなければ、上達はしない』という点です。
なぜそう言い切れるのか。そこには「初心者ボーナス」という、練習を始めてまもない時期にだけ働く特別な仕組みが関係しています。
初心者ボーナスとは何か
ドラムに限らず、何かを始めたばかりの時期は、特別な工夫をしなくても上達を実感しやすいものです。これを私は「初心者ボーナス」と呼んでいます。
- 未経験 → 入門
- できない・知らない → できる・わかる
このステップは、楽器経験のある方にもそうでない方にも、一番わかりやすく、一番楽しい変化です。ゼロの状態から一つでも「できる」が増えれば、それだけで大きな進歩に感じられます。レッスンを始めて数回のうちに「意外とできるようになった」という手応えを感じる生徒さんが多いのは、このボーナスが働いているからです。
初心者ボーナスには終わりがある
ただ、このボーナスは長く続きません。
回数を重ねるごとに、できることは着実に増えていきます。しかし同時に、新しく覚える課題の難易度も少しずつ上がっていきます。ドラムは特に、基本となるパターンの多くが共通した構造を持っているため、入門レベルの範囲だけを繰り返していると、比較的早い段階で「もうこれ以上は特に新しいことがない」という状態に行き着きます。
これは失敗でも停滞でもなく、誰もが通る自然な過程です。問題は、ここから先の時期に、何を手がかりに進めばいいかが急にわかりにくくなることにあります。
「できる」から「慣れる」への移行が難しい理由
初心者ボーナスが終わったあとに待っているのは、「慣れる・覚える」という段階です。
- できる・わかる → 慣れる・覚える
この移行には、相応の時間が必要です。そして、ここには一定以上の「好き」がないと続けにくい、という性質があると私は感じています。
というのも、この段階は『上手くいかない自分と向き合う作業』だと捉えているからです。できることは増えているはずなのに、成長が止まったように感じる。この感覚は、練習に取り組んでいる人なら一度は経験するのではないかと思います。初心者の頃のようにわかりやすい変化が毎回起きるわけではないので、同じ場所にとどまっているような錯覚を覚えることがあります。
練習しないと上達しない、という単純な事実
ここまでの構造を踏まえると、『練習しなければ上達しない』というのは、特別な精神論ではなく、ごく単純な事実だとわかります。
成果が見えにくい時期をどう乗り越えるか。これがそのまま、上達するかどうかの分かれ目になります。
これはドラムや楽器に限った話ではないと私は考えています。スポーツでも、勉強でも、筋力トレーニングでも、子育てでも、仕事でも、同じ構造を見ることができるのではないでしょうか。最初は小さな成功体験が次々と積み重なり、ある時期から成果が見えにくくなる。そこから先に進めるかどうかが、上達するか、その場にとどまるかを分けています。
そしてこれは、教室に通っているか独学かということとは関係がありません。
教室という舗装された道、独学という道なき道
教室に通うことと独学ですることは、よく対立する選択肢のように語られますが、本質的な違いは「進むための環境」にあります。
教室に通うことは、標識のある舗装された道を歩くようなものです。体系化されたメソッドが、次に何を練習すればいいかを示してくれます。迷いにくい代わりに、自分で道を探す経験は少なくなります。
独学ですることは、道なき道を自分で切り拓いていくようなものです。情報を自分で集め、何が正しいかを自分で判断しながら進んでいきます。自由な代わりに、遠回りをすることもあります。
- 上達=道を進むこと
- 教室=舗装された道を歩くこと(体系的なメソッドに沿って進む)
- 独学=道なき道を切り拓くこと(自分で情報を集めながら進む)
ただし、どちらの道であっても共通していることがあります。『その道を進むかどうかは、本人の問題』だということです。標識があっても歩かなければ景色は変わりませんし、道がどれだけ自由でも、立ち止まっていれば同じ場所にとどまり続けます。
停滞期の過ごし方——感覚ではなく観察を
成長が止まったように「感じる」時期は、実際には観察の仕方を変える機会でもあります。
私が指導の軸にしているアレクサンダー・テクニークでは、「なんとなく上手くいっている気がする」「前と変わらない気がする」といった感覚だけに頼らず、実際に叩けているか、テンポは走っていないか、余分な力みが入っていないかといった、客観的に確認できることをもとに自分の状態を観察する姿勢を大切にしています。
停滞しているように感じる時期ほど、感覚だけを頼りにすると「変わっていない」という思い込みに引きずられやすくなるのではないかと思います。感覚ではなく、確認できる事実をもとに自分の状態を見ていく。これが「慣れる・覚える」の段階を越えていくための、ひとつの手がかりになるのではないかと考えています。
進むか、立ち止まるかは、あなた自身が選ぶことです。
同じ景色の中にじっと留まっているのが心地よいのであれば、それはそれで構いません。無理に練習する必要はありません。
けれど、もっと色々な景色を見てみたい、もっと世界を知ったほうが楽しくなりそうだと思えるのなら——そのときが、練習を始める、あるいは練習を続けるタイミングです。
この記事で触れたアレクサンダー・テクニークの考え方は、書籍『アレクサンダー・テクニーク+ドラム』でより詳しく解説しています。
初心者ボーナスを過ぎたあとの「慣れる・覚える」段階では、Click Automator でテンポを段階的に上げながら、小さな変化を積み重ねていく練習が役立ちます。
あなたがどちらの道を、どれくらいの速さで進むかは、あなた自身にゆだねられています。今の自分が、進みたいのか、立ち止まっていたいのか——そこから練習を見直してみるのもひとつの方法です。
