少し、日常の場面を思い出してみてください。
難しいことを考えているとき、眉間に力が入っていませんか? スマートフォンを見ているとき、いつの間にか首が前に出ていませんか? 急いでいるとき、呼吸が浅くなっていませんか?
誰かに言われるまで気づかなかったこと、あると思います。「そうしようとしていた」のではなく、いつのまにか「そうなっていた」。
これはドラムを叩くときも、まったく同じように起きています。
「やり方」を考えるより先にあること
難しいフレーズを前にしたとき、息を止めていませんか? 速く叩こうとしているとき、肩が上がっていませんか? 集中しようとしているとき、歯を食いしばっていませんか?
叩き方を工夫する前から、すでに何かが起きています。
アレクサンダー・テクニーク(AT)が見ようとしているのは、まさにそこです。どう叩くか、どう動かすか——その「やり方」よりも前に、そのとき自分はどう「在るか」を観察していきます。
「在り方」とは何か
「在り方」という言葉は少し抽象的に聞こえるかもしれません。
もう少し具体的に言うと、何かに取り組もうとするとき、私たちは気づかないうちにいろいろなことを「してしまっています」。
力を入れる。息を止める。固める。急ぐ。諦める。
これらは動きそのものではなく、動きに向かう前の「自分の状態」です。意図したわけでもないのに、習慣として自動的に選ばれている。ATでは、この無自覚に選んでいるものに気づくことを大切にしています。
「在り方」とは、この「自分は今どうしているか」という問いへの答えのことです。
ドラムは、在り方が出やすい
ATはドラムのためだけのものではありません。日常動作でも、仕事でも、他の楽器でも、スポーツでも——何に取り組む場合でも同じ原理が働きます。
それでも、ドラムという楽器はATの実践に特別向いている面があると思っています。
理由のひとつは、全身を使うことです。手足を同時に、それぞれ独立して動かす。ひとつの緊張が全体に波及しやすく、「在り方」が演奏にそのまま表れてきます。
もうひとつは、音が正直なことです。力んでいれば音が詰まり、急いでいればテンポが揺れる。自分の状態を隠しにくい楽器です。
だからこそ、ドラムを通してATを実践することで、「在り方」への気づきが起きやすくなります。
観察するのは、動きではなく自分
よくある練習のアプローチは、「どう叩くか」を改善しようとするものです。腕の角度、スティックの持ち方、足の動かし方——これらを正しく整えようとします。
ATのアプローチは少し違います。「どう叩いているか」よりも「叩こうとしているとき、自分はどうしているか」を見ていきます。
同じ動きをしていても、そこに向かうときの「在り方」によって、身体の使われ方も、音も、変わってきます。
うまくいかないとき、叩き方の問題ではなく、そのとき自分が何かを「してしまっている」かもしれない。その視点を持てると、練習の見え方が少し変わってくるかもしれません。
まず、気づくことから
難しく始めなくて大丈夫です。
次に練習するとき、叩き始める前に一度だけ確認してみてください。
今、息を止めていませんか? 肩に力が入っていませんか? どこかを固めていませんか?
それだけで構いません。「そうしていた」と気づけたなら、それがATの実践の出発点です。直そうとしなくても、気づくだけで何かが変わることがあります。
ATとドラムの関係性、その具体的な実践については、書籍『アレクサンダーテクニーク+ドラム』で詳しく書いています。
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